オウンドメディア、Twitter…情報発信の極意をベイジ・枌谷さんに聞いてみた
オウンドメディアなどで企業が情報発信をする場合、打ち出すべきメッセージや、書き手の確保など、どのように決めればよいのでしょうか? BtoBマーケティングを得意とし、情報発信に積極的に取り組んでいるナイルの顧問・株式会社ベイジの代表取締役 枌谷力氏に話を聞きました。
この記事の内容
- 株式会社ベイジが情報発信で意識しているのは「自社の価値観を伝えること」「顧客にとってフェアであること」
- 株式会社ベイジ、ナイル株式会社のコンテンツ制作体制や、記事を書く際の具体的な進め方、記事のネタリストなど
- 情報発信の核になる企業哲学を見つけるヒントは、一社員が抱く業界への違和感や、仕事の姿勢の中にある
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目次
価値観が合わない顧客と出会うのは、マーケティングの「失敗」
――ベイジさんでは、オウンドメディア「Knowledge/baigie」の他に、 スタッフによる「ベイジの日報」 を定期的に更新されています。記事を見た企業からの問合せも多いかと思いますが、広く情報発信すると価値観が合わない企業にも多く知れ渡ってしまい、その結果、問い合わせや営業での説得コストが上がる、といったことはないでしょうか?その場合、どういうアプローチを取るのでしょうか。
枌谷さん: これはそもそもの話になるのですが……。価値観が合わない企業からのアプローチが多い時点で、ベイジでは「自分たちのマーケティングが失敗している」と考えています。
「価値観を変える」「新しい価値観を作る」 という行為は、とてもハードなものです。価値観が合わない人を説得によって動かすのは、ほぼ無理だと思うんですね。そうではなく、価値観を共有できる顧客に出会うために、マーケティングに力を入れるべきだと考えています。
――そもそも価値観が合わない顧客から問合せが来ないようにする、と?
枌谷さん:そうですね。ビジネスである以上、問合せをいただいてお会いしたうえで「やっぱり御社とは合いません」と断るわけにはいきません。最初の段階で相手に「こことは肌が合わないな」と感じてもらえば、問合せすら発生しませんよね。そういう状態を作るためにも、やはり情報発信が欠かせないと思います。
――たしかに情報発信でお客様の属性は変りますよね。 ナイルも「ナイルのSEO相談室」と「コンテンツハブ」の2つのメディアで情報発信していますが、発信内容が全く異なるので、お問い合わせ内容もお問い合わせいただく企業の属性も異なります。ベイジさんでは価値観が合う顧客と出会うために、どんな情報を発信されているのでしょうか。
枌谷さん:価値観が合う顧客と出会うためには、「○○に役立つ10のポイント」といったコンテンツではなく、自分たちがどんな意志を持っているのか、どんな哲学を持っているのかを主張したコンテンツが大事だと思っています。
その前提として、自分たちならではの「メッセージ」を持つことが大事ですね。他社と横並びにならないメッセージを開発すれば、サービスの優越や価格だけで選ばれることもなくなります。
分かりやすい例で言うなら、サイボウズさんはテレワーク推進や、サイボウズ式というメディアで情報発信をしていますよね。自分たちのプロダクトの訴求以前に、「みんなの働き方をもっと良くするんだ」といったメインメッセージを強く打ち出されている企業だと思います。 テレビCMやイベント活動も活発で、そうした動きから働き方や生産性を本気で考えていることが伝わるメッセージを発信し、共感を得ることで、 彼らのプロダクトが価格や機能での競争から抜け出し、ブランドで選ばれるようになるのだと思います。
――ほかにグループウェアの会社はありますが、「サイボウズといえば〇〇」がひらめきますものね。これがブランドで選ばれるようになるきっかけとなり、価値観の合う顧客と出会うことにもつながるんですね。
業界の顔色をうかがうより、顧客に対してフェアでありたい
――先ほど「自分たちがどんな哲学を持っているのかを語る」とおっしゃっていましたが、具体的には、ベイジさんではどんなメッセージを打ち出してきたのでしょうか。
枌谷さん: 情報発信を始めた2011年当初はそこまで戦略的ではなくて、私が書きたいことを書いていただけなんですが(笑)
「既存のウェブ制作って間違っている部分が沢山あるよね」というメッセージは情報発信の根底に流れていたと思います。当時からウェブ制作の発注や、ウェブ制作会社のアプローチの仕方などに、強い違和感があったんです。
例えば、「多くの採用サイトが間違っていると私が思う理由」という記事が社長ブログにあります。
「求職者をなめている採用サイト」なんて見出しもあって、採用サイトを作っている競合他社が見たら自分たちの悪口を言われてると感じるかもしれない。でも、私には本当に求職者を舐めているように思えたし、同業他社ではなく、採用担当者に刺激を受けてほしかったので、あえて強い言葉を選びました。
――強烈な見出しですね…。そのような記事を出して、業界内の反応などは気にならないでしょうか?
枌谷さん:正直、あまりベイジのことをよく思ってない会社もいるでしょうね。
ただ基本的には、同業者よりも、顧客やユーザーにとって何が一番いいのかを一番に考えて、メッセージを考えています。 業界の顔色をうかがって好かれようとするより、顧客やユーザーに対してフェアでありたいと考えてて、その信念からブレないと自分で思えることは、堂々と発信するようにしています。
――ナイルは、数年前まで「業界内で評判になる記事を書くこと」を情報発信では最も大切にしていました。しかし最近は、もちろん同業界の方も大切ですが、お客様や、お客様ではなくてもSEOや分析、コンテンツマーケティングに困っている方に情報を届けることを最優先にしています。
枌谷さん:そうですよね。先ほどの採用サイトの記事も、ユーザーである採用担当者にとって説得力がある内容になるよう意識しました。
実際、この記事をきっかけに何社かオファーもいただいたんです。強いメッセージに嫌悪感を覚える人もいるかもしれませんが、信念に共感してファンになってくれる人も、それ以上いるのだと感じています。
――背景に信念がある言葉は、やはり説得力も違ってくるでしょうね。
枌谷さん:もちろん内容に納得感があり、突っ込まれる隙がない文章を書くことが前提です。とはいえ、全てのコンテンツをこうしたカラーで塗り固めるべきではなく、「会社のキャラクターを紹介する」などの緩いコンテンツが混じっててもいいでしょう。読まれるためのパッケージングというのも必要ですから。 コラムだったり、取材記事だったり、SNSでの発信だったり……その隅々にメッセージが息づいていると、勝手にそれがブランドになって、同じサービスを提供しても違う目で見られるようになるのかなと思います。
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情報発信において会社がやるべきは「書きたい人を支援する」こと
――情報発信に取り組んでいる企業では、空き時間に社員が持ち回りで書くようなケースが多いと思います。社員のモチベーション維持も課題のひとつですが、ベイジさんではどのように取り組まれていますか?
枌谷さん:書きたくない人に強制的に書かせるのは、とても生産性が悪いですよね。
「書きたい人を見つけてきて支援する」というのが、会社がやるべきことだと思います。
ベイジの場合だと、一番書きたいのは私なんですね。そこに協力してくれる社員がいる。なので、記事の企画を一緒に考えたり、最終的な文章のブラッシュアップを巻き取ったりと、私もかなり強く介在しています。書きたい人が中心になっていかないと、企業活動としてはうまくいかない気がしますね。
――書くことに慣れている人が責任者でなければ、更新が止まってしまいますよね。
枌谷さん:そうなんです。ナイルさんではどうやっていますか?
――ナイルのオウンドメディアは、記事の書き方についてはライターに依頼することもあれば、社内のコンサルタントにヒアリングをして執筆することもありますね。
編集や公開責任の持ち方は枌谷さんと似た考え方です。普段から趣味でブログをよく書いていた人、いちばん書きたがっている人が担当しています。あと、ナイルにはコンテンツ制作のサービス提供のため、社内にプロの編集者がいるので、彼らも携わってくれています。ネタ出しはどのようにされていますか?
枌谷さん:ネタとなるリストを共有して、記事を書く本人たちに「これの知識を学びたい」「これを調べながら書きたい」というものを選んでもらうようにしています。特定の知識を身につけてほしい人には、逆にこちらから「このネタを書いてみない?」と提案することもありますね。もちろん、本人に書きたい気持ちがあるのが大前提です。
――弊社でもネタはSEO相談室の担当者が出しています。もちろんコンサルメンバーからも、とても興味深いテーマを出してもらえることがあります。ネタ出しも一苦労ですよね。
枌谷さん:ネタ出しにも時間はかかりますし、センスも必要なので、そこまで書き手の能力に依存してしまうと、成果が出ないまま時間を割くことになってしまいます。記事のネタは思いついたらリストにアップしていて、まだ記事にはならない、アイデアレベルのものも別にまとめてメンバーに依頼する時のネタのストックにしています。
▼ナイルのネタリスト
▼株式会社ベイジさんのネタリスト
――枌谷さんも、とても時間をかけてコンテンツ制作をしていらっしゃるのですね。情報発信はすぐに成果が見えるものではないので、あまり時間はかけないでほしいという社内の声も聞こえそうですが。
枌谷さん:こんなことをいうと期待はずれかもしれませんが、情報発信は時間がかかって当然ですよ(笑)
――自分だけが時間がかかっているのではないか?と少し不安だったので安心しました(笑)ちなみにベイジさんでは、書くネタが決まってからは、どのようなフローで公開まで進まれますか。
枌谷さん:いきなりゼロから書くのはハードルが高いので、見出し案から出してもらうか、あるいはそれも難しいスタッフの場合は、最初はZoomなどで時間を取って議論して、記事の原案を作るようにしています。口頭レベルで「こういうことを書きましょう」と話しながら、見出しなどの骨子は一緒に作っています。調べて文章を書いたり、図を作ったりなど、肉付けする作業は本人に任せて、仕上がったら私のほうで細かい部分を調整します。こうすることで、一定の質を担保するようにしていますね。
――編集長ですね!
枌谷さん:本当にそうですね(笑) ネタのリストで担当者や進捗を管理していますし、記事執筆のスケジュール調整にも介在していますから。「何月何日何曜日の何時から何時まで書く」という時間を確保してしてもらうようにしています。「好きなときに書いてね」だと、どんどん後回しになってしまいますので。
――「ナイルのSEO相談室」でもそうしていますね。コンサルメンバーのヒアリングタイムや、SEOにより詳しいメンバーによる原稿確認タイムを事前にカレンダーで確保させてもらい、その時間内で対応してもらっています。 こうして発信を続けて、問合せが増えたと実感するまでは、どれくらいかかりましたか。
枌谷さん: 途中でいろいろ試行錯誤したのもありますが、「ブログ見ました」と仕事をいただけるようになるまで、3年くらいかかっています。普通の会社は3年も待てずに諦めると思うので、やはりマネジメントする人自身が「書きたい人」であり、熱量が一番高くないと、難しい取り組みではないでしょうか。
――やはりそのくらいかかるものなのですね。
企業哲学の見つけ方
――先ほど企業哲学のお話が出ましたが、そのようなメッセージはどのようにして見つけましたか?
枌谷さん:ナイルさんはSEO業界のなかで、違和感を覚えている部分はないんですか?
――そうですね…。私個人としては、たまに「SEOは広告と違い、お金をかけなくても工夫次第でなんとかなる。だから中小企業ほど取り組むべし!」みたいなメッセージを見ると違和感があります。今の時代は、ユーザーに選ばれるコンテンツを作るために、一定お金も、社員のリソースもかけなければいけません。
枌谷さん:確かに、企業によっては「SEOは投資対効果がいいですよ」というアプローチもありますが、SEOにかけるリソースを考えると、そうならない場合もあるでしょうね。
――ええ。ナイルでは、SEOにリソースをかけるべきではないと気づいたら、お客様に正直にお伝えしていますね。あとは、これも個人的な考えですが「SEOはコンテンツが大事だ!」というのが一人歩きしてしまい、技術的な知識の重要性があまり認識されていないような気もしています。検索エンジンはまだコンテンツを見つける手段として完璧ではないからこそ、SEOコンサルタントがいます。どんなによいコンテンツをつくっても、検索エンジンとユーザーをつなぐ知識がなければ、そのコンテンツをユーザーに見つけてもらうのは難しくなってしまいます。
枌谷さん:そうですね。特定の課題やテーマに対して、それを解決する革新的な技術や思想を率先して提案し、業界内の「第一人者」としてのポジションを獲得することを「ソートリーダーシップ」といったりします。それは単に売り上げを伸ばしてシェアNo.1になることではなく、自分たちがこだわる信念や正義を掲げ、時に身を挺して業界や顧客に貢献し続けることで築き上げられるものだと思います。我々のようなマーケティング支援会社もこういう視点を持っていいし、持つことが強いブランドづくりにもつながるのではないかと思います。
――もう少し詳しくお伺いしてもいいですか?
枌谷さん:はい、もちろんです。例えばSEOに関する社会課題というと、Googleが世界中の天才を集めてWeb上のコンテンツを検索者に届けることに取り組んでいますが、一方で「ほしい情報にたどり着く」というシンプルな課題が実は解決されていないんですよね?
――そうです。優秀な検索エンジンですが、まだ完璧ではありません。だから我々がいます。
枌谷さん:そうですよね。そういう社会課題的な視点からSEOに取り組むナイルとしてのメッセージや主張を決めて、もっとSNSやブログで発信してもいいかもしれないですね。
先ほどの話で言えば、検索エンジンなどの機械では完璧に実現できていない
「『正しくて、ほしい情報が手に入る』という社会課題を、人の力で補ってサポートするのがSEO」
「それを事業として長年取り組んでいるナイルは、単に上位表示する、セッション数を増やす、ではなく、『正しくて、ほしい情報が手に入る』という社会課題に取り組んでいる会社である」
「それによって、社会が少しでも前進するためのお手伝いをしている」
ともいえるのではないでしょうか。
そういう自らの思想や信念を明確にして、情報発信や活動を積み重ねていけば、単なるSEOやマーケ支援の一企業ではなく、ソートリーダー的な見方をされるようになるのではないでしょうか。
――ありがとうございます。普段からの仕事の姿勢や、一社員が持っているような業界への違和感、考え方などに、企業の哲学のヒントがあるんですね!
結果が付いてくるから、人が動くわけではない
――企業哲学のような大きなメッセージを打ち出すうえで、会社の実態とメッセージのバランスも気になります。ある程度影響力を持った会社でないと、「いいこと言ってるけど実際はどうなのか」と、メッセージが空回りする可能性もあるのではないでしょうか。
枌谷さん:確かに、裏付けもないところでメッセージを前面に出すと、「ただかっこつけてるだけ」に見えますよね。
ナイルさんは実績もすでにあるし、先ほどのような企業哲学を発信しても空回りはしないと思いますが、もし実績をこれから積む場合、会社の影響力と歩調を合わせることは必要ですね。内々に秘めた「核」は持っておくべきでしょう。「社会課題の何に答えてるの?」「何のためにサービスを提供しているの?」という問いに、すぐに答えられる状態であったほうがいいと思いますね。
――ベイジさんでは情報発信から成果につながるまで3年ほどかかった、と聞きましたが、枌谷さんは「結果が出てないのに大きなことを言うのも……」といった、照れや恥ずかしさを感じることはありませんでしたか。
枌谷さん:恥ずかしさはないですね。嘘をついたり、かっこつけたりしなければ、恥ずかしさを感じることはないかなと。ただ、謙虚さは必要だと思います。今でも、うちより成功している会社なんて山ほどありますし、まるで自分が成功者であるかのように振舞うのは間違っていますが、そのことと、自分の主張をしっかり述べることは、別なんじゃないかな、と思います。
ちょっと脱線になるんですが、『アンヴィル!』という映画の話をしてもいいですか?
――『アンヴィル!』ですか…?
枌谷さん: はい、脱線はちょっとだけですよ(笑)2009年に公開された映画で、50代の2人組メタルバンド「アンヴィル」の音楽活動を追ったドキュメンタリーなんです。
彼らは80年代にヒットを飛ばしたものの、その後鳴かず飛ばずになるんですが、それでもロックスターになることを夢見て20年以上活動している。
全然結果を出していないのに、その様子がすごく説得力に溢れてるし、心を動かされるんですよね。なぜなら、信念を持っているから。
結果が付いてくるから、人が動くわけじゃないんだなと思うんです。 自分はこういうことをやりたいと信念を熱く語り続ける。そうすれば、いつかそのメッセージを受け止めた人が現れる。そういうことなんじゃないかな、と思います。
――多くの企業が情報発信に取り組む時代になりましたが、そんな中で自社のメッセージが印象に残るには「核」や「信念」のような、きれいごとだと言われてしまうことを勇気をもって発信し続けることなんですね。本日はお忙しい中、ありがとうございました!