囲碁と瓦そばとインターネット(後編)囲碁棋士・吉原由香里×ナイル株式会社・高橋飛翔
ナイル株式会社の代表・高橋飛翔が、自身の専門分野である「インターネット」について、ゲストと旨い酒を酌み交わしながら互いの分野の可能性について語り合う新連載。
第1回目のゲストは、女流プロ棋士の吉原由香里さん。対談前編では、高橋との衝撃的な出会いのエピソードや、近年目覚ましい進化を遂げている囲碁AIが棋士たちに与えた影響について語っていただきました。後編では、デジタルネイティブな若手棋士が作る、囲碁界の未来について語ります。
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目次
AI感覚を持った棋士が登場する未来
高橋:将棋の藤井聡太さんが、AIを相手にした日々の鍛錬を活かして、14歳にしてプロデビューからの連勝記録を更新して話題になりましたが、囲碁界でも棋士たちのAI研究が進んでいけば、いずれ藤井聡太さんの囲碁バージョンみたいな棋士が登場するんじゃないですかね。
吉原:本当にそうだと思いますね。今、市販されている「天頂の囲碁7 Zen」という囲碁ソフトがすごく強くて、それには「DeepZenGo」(※1)というAIが搭載されているんですが、あの感覚を丸々身に付けている人は、まだプロ棋士の中にはいないんです。でも、こういったソフトを使って小さいころから練習していくようなデジタルネイティブ世代の中に、藤井聡太くんのような存在が現れるんじゃないかと期待しています。
※1 DeepZenGo(ディープゼンゴ):ドワンゴと日本棋院の協力で開発された囲碁AI。2017年には井山裕太に勝利するなど、数々のプロ棋士を倒している。2017年11月に、「天頂の囲碁7 Zen」として一般発売。
高橋:5、6歳でそういったソフトを使って打ち続けていたら、かなり強い棋士になりそうですよね。
吉原:とんでもないと思います。ただでさえ、最近の若手は強いのに、AIの感覚を最初から身に付けている子たちが出てきたらもう…。昔からいる先生たちは、「棋士がこんなに勉強している時代は初めてだ」って言っています。
高橋:勉強しやすい環境も整っているし、AIというとんでもないものが出てきたというのも大きいんでしょうね。
吉原:そうですね。AIの世界観を今みんなが必死に吸収しようとしていますけど、そう簡単に吸収できるものじゃなかったりもするので。みんなiPadとかを持ち歩いて、暇さえあれば世界の対局を見たりして、勉強している感じですね。
人間のおもしろさは多様性にある
高橋:これからプロ棋士を目指す子供たちは、どういった努力が必要だと思いますか?
吉原:変わらないのは、人と対局するというのがすごく大事ということですね。実際に、プロになって対局をするのは人ですから。AIの棋譜、打ち方も大事ですが、それと同時にたくさん大会に出て人と対局をする、真剣な場で緊張感を持って戦うというのは、変わらない価値を持つと思いますね。
高橋:まず生の現場があって、そこにAIをどう活かしていくか…というところでしょうか。
吉原:そうですね。やっぱり人間のおもしろさは「多様性」にあると思うんですよ。人を抜きにしてしまうと、同じ棋風の相手と打ち続けることになってしまいます。多くの人と対局して、いろいろな局面でさまざまな考え方があることを知るというのは、すごくおもしろいですよ。
高橋:囲碁のおもしろさにはさまざまな軸があると思いますが、人と打つことはもちろん、ロジックとして「こんな打ち方があるんだ」という発見があるとことに、おもしろさがあるんですか?
吉原:今、おっしゃったようなこともそうですし、自分ではまったく打開策が見つからないような局面で示してくれる世界観も大きな楽しみです。特に、井山裕太さんの発想なんかは感動を覚えますよ。
高橋:そこにAI的な発想が加わると、さらに展開の幅が広がりますし、棋士のレベルもまた新しいフェイズに入っていくんでしょうね。
吉原:まだまだレベルは上がっていくと思いますね。イ・セドルさんが対局したAlphaGoもすごく強いと思いますが、今のトップの人たちは、あのときのAlphaGoとそこまで差はないと思います。
高橋:人間も進化しているんですね。
吉原:はい。ある棋士が、「こんなに碁がおもしろいものだと思ったのは久しぶり」みたいなことを言っていました。新しい考え方というのは、それだけ魅力的なんですよ。
人へのリスペクトあってこそのテクノロジーの進化
高橋:私は、AlphaGo Zeroが柯潔(かけつ)さんに圧勝(※2)した後、AlphaGo Zeroの開発者であるGoogle DeepMindのデミス・ハサビスが、「棋士、そして囲碁に関わるすべての人に感謝する」といったことを語っていて 、そうやって人間に対する敬意を忘れていないのが良かったなと思ったんです。それが、Googleのブランディングというか。AlphaGo Zeroも傲慢な碁じゃなかったので、それもすごく救いに感じました。
※2 2017年5月、世界最強といわれた中国の棋士・柯潔が、AlphaGo Zeroと3番勝負を行い、全敗を喫した。
吉原:すごくいいことを言ってくれましたよね。
高橋:僕ら、ITに関わる人間やテクノロジーに生きる人間は、社会への波及効果をあまり考えずに突き進んでしまいがちなんです。儲かるからとか、求められているからやってみたけど、結果、社会のためにならなかった…といったことを引き起こしたりもして。そこで、逆に吉原さんは囲碁の世界から、どういう風に、どんな気持ちでテクノロジーを進化させてほしいと思っていますか?
吉原:おっしゃるとおり、Google DeepMindの在り方は、すごくうれしかったんですよね。実際、デミス・ハサビスさんは碁が打てる方で、アマチュア4段ぐらいをお持ちになっているそうなんです。ですから、AlphaGoの開発にあたっても、そもそも囲碁に対する愛情や敬意というものが純粋にあったんじゃないかと思っていて。そういう気持ちを私たちはすごく美しいと感じるし、どんな分野でも、関わる物事に対するリスペクトの気持ちを持つことが大切ですよね。
高橋:人に対するリスペクト、その道に生きる人に対するリスペクトといったところですよね。
吉原:対局が終わった後、棋士たちは勝っても負けても一礼して、「ありがとうございました」と言いますが、そういうことじゃないかと思います。
高橋:私は、テクノロジーの世界でも、もっと囲碁が流行るといいなって思いました。
吉原:そうですね。私のささやかな夢は、ビジネスマンのコミュニケーションツールとして囲碁が役立つことなんです。世界中に囲碁をやっている人はいますし、お酒もいいですが、囲碁はコミュニケーションをする上で、潤滑油になりうるものだと思うので。打っていると、人間性が垣間見えたりするんですよ。嫌な意味じゃなく、かわいらしい意味でね。そういう囲碁を通したコミュニケーションが広がることを、かすかに夢見ています。
「『長楽無極』というのは、楽しみが極まりなくずっと続いていくという意味なんです」と吉原さん。
対談を終えて…
吉原先生とは、10年以上前に大学の授業で囲碁を習って以来の再会でして、かなりテンションが上がりました(笑)。
今回、「囲碁とインターネット」というテーマで幅広く話をさせてもらいましたが、やはり囲碁の世界において、外せないのはAIというテーマでした。囲碁の世界はある種「シンギュラリティ(人工知能が人間の知性を超えることで、人間の生活に大きな変化が起こるという概念)が一般社会よりも20年早く到来した世界」だと私は思います。
「シンギュラリティが到来したら人間はどうなってしまうのか」というテーマは、テクノロジー界隈でもよく話される話題です。「人間がAIに取って代わられる」ということはユートピアなのか、それともディストピアへの始まりなのか――
実際、囲碁の世界では「感動とあきらめ」の双方が短期間のあいだに起きた、というのが興味深かったのです。人間の延長である「AlphaGo」の強さには素直に感動しつつ、「AlphaGo Zero」については理解の範疇を超えているがゆえに「理解できない」「興味がわかない」となった。
他の領域においても「シンギュラリティ」といわれる領域に達することがあったら、最初は自分たちの世界を引き上げてくれることへの素直な感動が起き、その後は「すごすぎてよくわからない」「この領域についてはお任せしちゃおう」となるのかもしれません(良い悪いは抜きにして)。
個人的には、人間同士がフラットな環境で戦うから競技はおもしろいのかなと思っています。囲碁の世界においても、これからAIネイティブな棋士たちが生まれていく中で、人間同士の戦いがより多様なものになっていったら囲碁がますますおもしろくなりそうです。
■今回のゲスト
吉原由香里
1973年生まれ、日本棋院所属の囲碁棋士。6歳で囲碁と出会い、14歳で加藤正夫九段に入門、22歳でプロデビュー。2007年に初めて女流棋聖を獲得し、3連覇を果たす。東京大学特任准教授、慶應義塾大学 総合政策学部・環境情報学部の非常勤講師として囲碁を教えるほか、囲碁関連のテレビ番組への出演などもこなしている。
■今回のお店
福の花 市ヶ谷九段店
【場 所】東京都千代田区九段南4-6-10 九段南ビル1F
【電 話】050-7582-9382
【営業時間】11:30~14:15、17:00~23:00
【定 休 日】日曜、祝日
【 U R L 】http://fukunohana.com/ichigayakudan/
photo by mika
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