夏目漱石の三原則(智/情/意地)【コンテンツづくりの三原則 第8回】
オウンドメディア運営において、コンテンツづくりは最大の肝です。「コンテンツづくりの三原則」では、毎月1つのコンテンツづくりのテーマや目的を取り上げ、そこに紐づく3つのトピックを深掘りしていきます。
第8回は「夏目漱石の三原則」。コンテンツを制作するにあたって意識しておきたい「智」「情」「意地」の三原則について解説します。
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」
文豪、夏目漱石の「草枕」の冒頭にある有名な文です。今回は、夏目漱石の著書「文芸の哲学的基礎」の中で3つの精神作用と挙げている、「智」「情」「意地」について考えてみたいと思います。
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目次
3つの精神作用
正論で叱責ばかりしてくる上司、すぐに感情的になって人格否定してくる上司、自分の主張を通せばパワハラや嫌がらせをする上司…。しかし、一見やっかいな「智」「情」「意地」は人々に共感を呼び、心を動かす大切な「3つの精神作用」でもあります。
コンテンツづくりにおいても、工夫して使えばとても有益なものになります。むしろ、人々の心を動かすコンテンツを作るためには、「3つの精神作用」に取り込むことが必須だともいえます。
近年、それを証明しているのが、大坂なおみ選手、池江瑠璃子選手、渋野日向子選手といった若き女性アスリートたちです。彼女たちの活躍に、多く人が心を打たれたのではないでしょうか。
彼女たちは皆、自身が意識せずとも人々に感動を与え、共感を呼び、心を動かし、記憶に残る偉業を成し遂げてきました。
智:智に働けば人は理解する
「智」とは、「精選版 日本国語大辞典」によるとこうあります。
<智>
物事の道理を理解し、是非・善悪を判断する能力。知恵。智慧。知力。知。
つまり、「智」は人を説得し、理解、安心してもらうために必要な論理的思考です。
論理的思考は、マーケティング用語ではロジカルシンキングともいいます。
人に何かを伝えるためには、ロジカルシンキングは欠かせません。論理的に破綻していたら、人を説得させることはもちろん、共感を得ることもできません。企業が情報を発信してユーザーに共感を得て、信頼してもらうためにはまず、ロジカルシンキングにもとづいたコンテンツづくりが必須です。
ロジカルシンキングのための情報整理には、「So What?(つまり?)」「Why So?(なぜ?)」と問いかけて、課題や問題の原因を見つけるといった方法があります。
ロジカルシンキングを重視した指導法
ロジカルシンキングがビジネスで重要なことはもちろんですが、スポーツ界でもロジカルシンキングは非常に重要なメソッドとして進化しています。昔のように「根性」や「練習量」だけでは通用しないことは、世界のトップアスリートを見れば一目瞭然です。
大坂なおみ選手、渋野日向子選手、池江瑠璃子選手といった若き女性アスリートたちのコーチに共通するのは、まさに「つまり?」「なぜ?」を問いかけるロジカルシンキングの指導法だったのです。
例えば、2019年から大坂選手のコーチを務めるフィセッテ氏。フィセッテ氏は、データにもとづいたロジカルな指導手腕で知られる指導者で、チーム内では敬意を込めて「教授」と呼ばれているそうです。
「全豪連覇に挑む大坂なおみに”教授”と呼ばれるデータテニス駆使の名参謀」(THE PAGE)という記事で、フィセッテ氏は言います。
「データは無限なので、彼女に必要なことを伝えるのが大事です」
「データを使ってどこが改善できるかを分析し、それに取り組んでは、また次の課題に移っていくということを繰り返している」
このような練習方法こそが、まさにロジカルシンキングのことを指しているのです。
また、2019年、女子ゴルフのメジャー選手権のひとつ、AIG全英女子オープン(現・AIG女子オープン)で彗星の如く現れ、優勝をした渋野日向子選手を指導する青木翔氏は、著書「打ち方は教えない。」でこう書いています。
「失敗こそ成長にとって大切なこと」
「教えることで受け手は思考を止めてしまう。教えなければ考え始める」
青木氏は、選手が失敗しそうな状況でも、あえて失敗を回避するアドバイスをしません。
そして、実際に失敗したときに初めて、失敗した原因は何だったのかを選手に聞きます。そうすることの積み重ねで、選手は自主的に論理的思考をめぐらせ、急成長を遂げていくのだそうです。
インタビューでのロジカルな回答
大坂なおみ選手が、2020年のテニス全米オープン女子シングルスで優勝したとき、決勝までの7試合で、人種差別の犠牲者となった7名の黒人の名前をマスクに刻み、ひとつずつ勝ち進んでいきました。優勝インタビューで、「7つのマスクで伝えたかったメッセージは?」と問われると、大坂選手は「あなたが受け取ったのはどんなメッセージでしたか?メッセージをあなた方がどのように受け取ったかに興味があります。話し合いが起きれば良いと」と答えました。
なんと知的でセンスのいい回答でしょうか。この記者顔負けのロジカルな切り返しに、世界中のファンが称賛しました。そして、大坂選手はその後、「ポイントは、人々への議論を求めることだった」と、メッセージの意図をあらためて説明しました。
また、渋野日向子選手は笑顔がトレードマークですが、彼女もまたロジカルで知的な回答をすることで評判です。
例えば、nikkansports.com(ニッカンスポーツ・コム)の記事「渋野日向子 笑顔の裏にある葛藤…胸締め付けられる」で、記者は下記のように書いています。
「頭が良すぎるから、質問した人が求める回答を瞬時に見抜き、リアクションも含め、それに寄せてくることもあるように思う。人が良すぎるから、全ての質問に全力で答えてくる。しかも独特の表現や、強い意思を感じる言葉も多い。注目度も高く、渋野の多くの言葉は世に出る」
どんなに不調のときでも、嫌な顔ひとつ見せずに、報道陣に笑顔で一つひとつのプレーの反省点など、まるで解説者のように客観的に丁寧に説明する渋野選手。現役アスリートでここまで自身のプレーを振り返って報道陣に説明する選手は、ほかに類を見ません。それは彼女が「親切」だからではなく、常に自身を客観的に観察し、ロジカルに分析する眼を持っているからでしょう。
「技術も言葉も力のある逸材。たとえ反省の弁であっても、ノビノビと話せる環境、雰囲気づくりへ、自分はもちろん、取材する側も努力を続けなくてはいけないと感じる」
この記事を書いた記者は、記者としての身構え方すら、渋野選手から教えられると言います。
情:情に棹させば人は心を動かす
「情」とは「デジタル大辞泉」によるとこうあります。
<情>
1. 物に感じて動く心の働き。感情。
2. 他人に対する思いやりの気持ち。なさけ。人情。
3. まごころ。誠意。
人の心を動かすためには、「情」に訴えたコンテンツを提供することが必要になります。いくら論理的に正しくても、「智に働く」だけでは、人は、理解はしても共感はしてくれません。
皆さんも身に覚えはないでしょうか。上司にいくら正論で説教されても、頭ごなしに叱られるばかりではモチベーションが下がって、信頼関係も築けないのと同じです。
人は、どんなに正確無比な説得力のあるデータを提供されても、膨大な取扱説明書を提示されても、記憶することも、心が動かされることもありません。論理的な説明を受け入れやすくするためには、「情」に訴える土台を固めることが必要になります。
人は、冗長で無機質な情報には、すぐ退屈します。それが、心を動かす「情」に訴えたストーリーであれば、興味を抱き、心にとどめます。ストーリーはそれほどまでに「情」を喚起し、人の心を動かすものなのです。
大坂なおみ選手の7枚のマスク
大坂なおみ選手がテニス全米オープンの優勝で人々を感動させ、2020年の米誌タイム「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたのは、優勝に至るまでのストーリーが秀逸だったからでしょう。先程紹介したテニスの全米オープンで大坂選手が試合ごとにつけていた人種差別の犠牲者の名前が刻まれた7枚のマスク。
「7枚では足りないのが悲しい」
「テニスは世界中で見られているので、彼らのストーリーを共有するのはすごく大事なこと」
このように大坂選手自身がコメントしているように、もちろん7名が犠牲者のすべてではありません。しかし、約2週間という短い期間でひとつずつ勝ち進むことで、世界中の注目を日々集めていったことは、大坂選手が一流のストーリーテラーであったことの証です。
渋野日向子選手の「タラタラしてんじゃねーよ」
AIG全英女子オープンで優勝し、一夜にして世界のトップアスリートに駆け上がった渋野日向子選手は、優勝という偉業だけでなく、その人懐っこい笑顔とトークで「スマイルシンデレラ」として、一躍国民的スターとなりました。
そして、AIG全英女子オープンで渋野選手がプレー中に食べていた駄菓子「タラタラしてんじゃねーよ」にも注目が集まりました。緊張感漂う場面で駄菓子をほおばるチャーミングな渋野選手の姿に、誰もがほっこりしたのではないでしょうか。
彼女にとっての駄菓子は、マラソン選手にとってのバナナと同じカロリー補給のためですが、まるで自分を鼓舞するかのような商品名と相まって、その後、この駄菓子は独り歩きして、人々は勝手にさまざまストーリーを紡ぐことになりました。
池江瑠璃子選手の復活劇
2020年8月29日、池江瑠璃子選手が白血病という難病を克服し、594日ぶりに競技会に出場し、復活の第一歩を踏み出しました。日本学生選手権(インカレ)派遣標準記録の26秒86をクリアする、26秒32を記録。
退院した頃の激やせした姿に、「本当に復活できるのだろうか?」と心配した人も多かったに違いありません。懸垂や腕立てすらできないくらい筋力は衰えていたのですから。それでもテレビのインタビューで「入院して細くなって入る服が増えてうれしい」と、気丈に答えるポジティブマインド。
そこから医師と相談しながらトレーニングを再開。病魔と戦いながら完全復活を目指すその姿に、涙を誘われない人はいないでしょう。本人が「第二の水泳人生の始まりかな」と語ったように、私たちは4年後のオリンピックに向けて戦う、池江選手のストーリーの立会人という幸福な切符を手に入れたのです。
意地:意地を通せば人は記憶する
「意地」とは、「デジタル大辞泉」によるとこうあります。
<意地>
1. 気だて。心根。根性。
2. 自分の思うことを無理に押し通そうとする心。
3. 物をむやみにほしがる気持ち。特に、食べ物に執着する心。
4. 句作上の心の働き。
意地というと、日本語ではネガティブな意味で捉えられることが多い言葉ですが、同調圧力が強い日本の文化が影響しているせいかもしれません。意地は、英語でいえば「will」「pride」。勝敗がはっきりしているスポーツの世界では、生半可な意地では通用しないことは想像に難くありません。
池江瑠璃子選手は白血病を克服し、再出発しました。誰もがその強い意志に心を打たれた人も多いのではないでしょうか。ただ病気が治っただけで、彼女の目的は果たせません。弱冠20歳にして計16種目の日本記録を保持する、今最も世界一に近い日本を代表するスイマーという期待を背負っているのです。
渋野選手の代名詞となっている笑顔。渋野選手は常ににこやかな印象がありますが、元々はイメージされるような天真爛漫なタイプではなく、感情に左右されて、すぐスコアを落とすタイプだったそうです。
そこで渋野選手は父親のアドバイスもあり、常に笑顔でいることで喜怒哀楽の波を抑えるようになりました。
「私のプレースタイルは笑顔」
「(AIG全英女子オープン優勝の勝因は?という質問に)笑顔で回れたことじゃないですかね(笑)」
「どんなにうまくいかなくても、笑っていないといけないと思う」
そんな言葉から、「笑顔」でいることは、渋野選手なりの意地であることが伝わってきます。
そして、大坂なおみ選手が、全米オープン優勝までの7戦でつけていた7枚のマスク。
「私はアスリートである前に一人の黒人女性です」と自己認識をしっかりと示し、人種差別に対する強い意志を表明しました。
彼女のこの行動に、心ない批判も多くありました。相当な勇気が必要だったはずです。それでもまさに、命がけで自身の意地を貫いたのです。
「智」「情」「意地」は、ファンにとっての最強のコンテンツ
世界を舞台に活躍する若き女性たちには、人々に感動を与え、力と希望と勇気を与えて、行動を起こすモチベーションをも与えることを教えてくれます。
そして、そのために「智」「情」「意地」は、彼女たちにとって大きな武器となっているのです。そして、それこそが私たちファンにとって、最強のコンテンツなのです。
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