井上ひさしの三原則(やさしく/ふかく/おもしろく)【コンテンツづくりの三原則 第7回】
オウンドメディア運営において、コンテンツづくりは最大の肝です。「コンテンツづくりの三原則」では、毎月1つのコンテンツづくりのテーマや目的を取り上げ、そこに紐づく3つのトピックを深掘りしていきます。
第7回は「井上ひさしの三原則」。コンテンツを制作するにあたって意識しておきたい「やさしく」「ふかく」「おもしろく」の鉄則について解説します。
井上ひさし氏は、戦後の日本を代表する小説家・劇作家・放送作家です。著書「創作の原点 ふかいことをおもしろく」というタイトルにもなっているように、文体は軽妙でユーモアにあふれているのが特徴の、とても人気の高かった作家です。
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目次
相手の心配りと想像力に満ちた三原則
私たちはとかく「やさしいことをむずかしく」「むずかしいことを浅く」「浅いことをつまらなく」語ってしまいがちです。「むずかしく」「浅く」「つまらない」文章を書くことは簡単だからです。深く考えないで脊髄反射で思い浮かんだことを書けばいいのですから。
政治家が「断腸の思い」「責任を痛感」「全身全霊を傾けて」と並べ立てる常套句も、企業が「高度な戦略と実行力でお応えします」「徹底的に成果を追究します」と並べ立てる美辞麗句も、伝える相手がその言葉をどう受け止めるかを考えずに出てきた“伝わらない”言葉の定型句です。
「むずかしく」「浅く」「つまらない」文章は、コンテンツを発信する側が受け取る相手のことより、自分の都合や思いを優先しているときに起きます。相手を雑に型にはめて単純化してしまうことで、思考停止になってしまっているのです。
井上ひさし氏の言う、「むずかしいことをやさしく」「やさしいことをふかく」「ふかいことをおもしろく」という伝え方は、相手への心配りと想像力に満ちています。だから、受け止める側の心に響き、記憶に残るのです。
むずかしいことをやさしく:スティーブ・ジョブズのプレゼンテーション
「むずかしいことをやさしく」伝えるためには、「シンプル」で「余韻」があることが条件になります。
Appleの創設者、スティーブ・ジョブズ氏は、プレゼンテーションの達人としても世界中の人を魅了してきました。一方、ジョブズ氏のライバルともいえるマイクロソフトの創設者、ビル・ゲイツ氏は、決してプレゼンテーションが上手とはいえませんでした。彼のプレゼンテーションは、なぜジョブズ氏のように多くの人に楽しみにされなかったのでしょうか。
両者の最大の違いは、「むずかしいことをやさしく」伝えるスキルでした。
ゲイツ氏のプレゼンテーションはいつも抜け漏れがなく、正確であることが最優先されていました。そのため、初期の頃の彼のプレゼンテーションは、情報量が非常に多く退屈だといわれていました。
もちろん、ローリング・ストーンズの「Start Me Up」に合わせて踊ったり、バラエティ番組に出演しておちゃめな一面を見せたりするなど、人々を楽しませようと努力はしていたようです。しかし、Windows 95が発売された頃のゲイツ氏のプレゼンテーションは、Windows 95がいかにすばらしいOSなのか、そのスペックや影響力についてとくとくと詳細にわたって説明するのが当たり前でした(動画)。しかし、人は取扱説明書を読みたいとは思いません。Windowsのパソコンには分厚い取扱説明書がついていますが、iMacには取扱説明書がありません。ここに、2人の違いが象徴されています。
ジョブズ氏のプレゼンテーションは、情報量としては完璧ではありません(動画)。ジョブズ氏は本当に必要なことしかしゃべりません。「もっと知りたければ勝手に調べてくれ」というスタンスです。情報の一部を隠してさらに知りたいという思いを高める心理効果を「ツァイガルニク効果」といいますが、人はわかりきったことより、未知・未完了のものに注意を向ける特徴があります。
情報を詰め込むゲイツ、知りたい情報だけをシンプルに伝えるジョブズ
初期のゲイツ氏のプレゼンテーションは、伝えたいことを導き出すためのありとあらゆる情報が詰め込められているといえます。しかし、聞いている側はそんなところには興味がないし、膨大な細かい情報を頭に入れるのは大変で、聞いていてもただ疲れるだけです。
ジョブズ氏は、聞く側が本当に必要で知りたい情報しか伝えていません。そこが、初期のゲイツ氏とジョブズ氏の大きな違いでしょう。しかし、ゲイツ氏も晩年にはジョブズ氏のように本当にユーザーが知りたいことだけ、記者が知りたいことだけをまとめるようになり、昔と比べてすごく聞きやすくなったといわれるようになりました。
ユーザーに内容を瞬時に理解してもらうためには、多くの言葉は必要ありません。むしろ余計な情報を削ぎ落とし、短くシンプルにすることで、よりわかりやすく的確に本質を伝えられるのです。
やさしいことをふかく:偉人たちが残した言葉
「やさしいことをふかく」伝えるためには、学術論文や役所の書類のような難しい言葉や、回りくどい表現を使わないことが絶対必要条件です。言葉がシンプルで示唆に富んでいるほど、伝えたいメッセージは深く、濃く、強くなるのです。
示唆に富んだ表現という意味では、歴史上の偉人たちも皆、比喩の達人でもあります。誰にでも直感的に理解できるわかりやすい比喩を使うのが、非常に上手な偉人たちが残した言葉を少し紹介しましょう。
■マーティン・ルーサー・キング・ジュニア
「私には夢がある。それは、いつの日か、あらゆる谷が高められ、あらゆる丘と山は低められ、でこぼこした所は平らにならされ、曲がった道がまっすぐにされ、そして神の栄光が啓示され、生きとし生けるものがその栄光をともに見ることになるという夢である」
1963年8月、職と自由を求め、多くの人々がワシントンDCに集結。その集会でマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が、25万人の聴衆に向けて行われた演説です。
キング牧師の提唱した運動の特徴は、徹底した「非暴力主義」です。インド独立の父、ガンジーに啓蒙され、非暴力を貫いた背景があってこそ、輝いてくる演説といえるでしょう。
■ウィンストン・チャーチル
「凧が一番高く上がるのは、風に向かっているときである。風に流されているときではない」
ウィンストン・チャーチルが残したこの言葉は「逆風が吹いているときこそ、凧は高く舞う」という意味です。チャーチルは第二次世界大戦のさなか、ナチス・ドイツと戦ったイギリスの首相ですが、彼はこういった数々の言葉を残して国民を鼓舞し、勇気づけました。今も、イギリスで最も人気の高い偉人の一人として挙げられます。
歴史的にはナチス・ドイツに勝った英雄として讃えられることが多いですが、彼の魅力はやはり数々の心に刻まれる印象的な言葉にあります。彼は、ピカソからお墨つきをもらうほどの画家としての才能や、政治家でありながらノーベル文学賞を受賞するなど、作家としての才能にも恵まれていました。
ふかいことをおもしろく:専門家によるベストセラー
「ふかいことをおもしろく」伝えるには、「意外性」「物語性」「独自性」が欠かせません。井上ひさし氏の作品がいつもユーモアにあふれていたのは、彼自身が「意外性」「物語性」「独自性」を常に心掛け、「おもしろい」ことに注力していた証でもあります。
小説には当然「おもしろさ」が求められるので、ベストセラーになる作品には必ず「意外性」「物語性」「独自性」があります。しかし、小説に限らず、学術書や専門書、ひいては企業のPRでさえ「おもしろく」することは可能です。専門家が書く学術書は大抵内容が深く、難しいものですが、これをおもしろくしたことで多くの人を魅了し、ベストセラーになった本も数多くあります。ここでは、そのような本の中から、いくつかご紹介していきましょう。
ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで
「ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで」(早川書房)は、イギリスの理論物理学者であるスティーブン・ホーキング氏が、1988年に発表した科学書です。20年間で1,000万部以上のベストセラーとなっています。
ある程度の予備知識がないと難しく感じる内容であるものの、「宇宙がどうやって生まれたのか?」「どんな構造をしているのか?」という、人類の根源的な謎を解き明かそうとする筋書きに引き込まれていった読者は多かったのではないでしょうか。単に物理学の学術書ではなく、人間理性の営みにもふれていることで、「人間とは何か?」と考えさせる書として多くの共感を得たのだと思います。
バカの壁
日本でも、日本の医学博士である養老孟司氏による「バカの壁」(新潮社)は、2003年に刊行されて以来、400万部を超えるベストセラーとなりました。「脳」「身体」「共同体」「無意識」「教育」といったキーワードを使いながら、人が必ず人生で遭遇するであろう、さまざまな問題についてやさしい言葉で解説しています。
また、歯に衣着せず社会を批判する痛快な「養老節」は、まるで「半沢直樹」さながら。まさに「ふかいことをおもしろく」したエンターテインメントの金字塔ともいえます。
サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福
イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の著書「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福」(河出書房新社)は、石器時代から21世紀までの人類の歴史を概観した本で、自然科学や進化生物学の観点からも歴史が語られています。
上下巻合わせて600ページ弱にわたる重厚な歴史書にもかかわらず、世界で1,200万部を超えるベストセラーとなっています。「ビル・ゲイツ、ザッカーバーグ、サンデル教授も絶賛!」とうたっていますが、ビジネス書の視点で読まれたのも、ベストセラーとなった要因のひとつでしょう。
タイトルからして、いかにも難しそうな著書ですが、平易な言葉と先へ先へとひとつずつ謎を解いていくような期待感を膨らませるストーリー性の高い展開は、まるで太古の映像が目の前に広がるようで、壮大な叙事詩のように冒頭からぐいぐい引き込まれていきます。
そもそも、小説に限らず、深い話には必ず「意外性」「物語性」「独自性」が包括されています。「意外性」「物語性」「独自性」があるから、「ふかい」ともいえます。反対に、浅い話はどんなに装飾をしても感動的なストーリーにはなりえないですし、記憶に残るようなインパクトを与えることはできません。
ビル・ゲイツの伝説のプレゼンテーションから見る三原則の大切さ
かつてプレゼンテーションの技術において、スティーブ・ジョブズ氏の後塵を拝していたビル・ゲイツ氏ですが、彼はマイクロソフト引退後、世界の貧困や感染症撲滅のための慈善活動を続けています。
そして、マイクロソフトのCEO職を降りてからのゲイツ氏のプレゼンテーションは、ジョブズ氏をしのぐほど「意外性」「物語性」「独自性」に満ちたものに進化しています。
ゲイツ氏が2009年に行った、伝説のプレゼンテーションがあります。テーマは「蚊、マラリア、そして教育」(動画)。
スライドはとても少なく、その語り口は説明というより、熱弁といっていいでしょう。
マラリアの恐ろしさを伝えるスピーチのさなか、ゲイツ氏は蚊の入ったガラス瓶のフタを開け、聴衆を驚かせます。「ご存じのとおり、マラリアは蚊が媒介します。皆さんにも体験していただこうと思って、今日は何匹か連れてきました。ちょっとばかり自由にしてやりましょう。貧しい人しかこの体験ができないというのも、おかしな話ですから」と、いたずらっぽい笑みを浮かべてを蚊を会場に放します。「ただし毒のない蚊ですがね…」。会場はどよめきと笑いに埋め尽くされます。
「マーケターの知らない「95%」」(CCCメディアハウス)の著者である神経科学者のA・K・プラディープ博士は、「私たちの脳は新奇なものを無視できない」「私たちの脳はキラキラした新しいもの、目立つものに目を向けるよう習慣づけられている」と言います。人はこうしたキラキラした「意外性」「物語性」「独自性」に富んだストーリーにおもしろさを感じ、共感するのです。
「パブロフの犬」のお話はご存じの人も多いと思います。ベルを鳴らしてから肉を与えるようにすると、犬はベルを鳴らすだけでよだれを垂らすという条件反射のお話です。しかし、名古屋大学情報学部 大学院情報学研究科の片平健太郎准教授によると、ベルの音を聞いてよだれを垂らしていた犬に、光をあててから肉を与えると、ベル音だけではよだれは垂らさなくなったそうです。
動物は、現在の状況を手掛かりにこれから起こることを予測し、その予測が外れたときだけ学習をしている。つまり、動物は何かを記憶するためには、「驚き」が必要であることがわかってきたというのです。
ビル・ゲイツ氏は、蚊を会場に放つことで聴衆を驚かせ、「蚊、マラリア、そして教育」の話について、永遠に記憶にとどめることになったに違いありません。
彼は言いました。
「私は楽天家なので、解決できない問題はないと思っている。そのためには多くの人の協力が必要です。皆さん、力を貸してほしい」。
より多くの人にメッセージを届け、共感して、行動してもらうために、ビル・ゲイツ氏は「やさしさ」「ふかさ」「おもしろさ」に富んだプレゼンテーションを送り続けているのです。
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